私たちはだれも自分の正しい行いによって、神様の救いを獲得することはできません。それは私たちの行う良いわざに問題があるからではなく、私たちが行う悪、罪が問題だからです。つまり、私たちがみな罪人だからです。その罪ゆえに、神様のさばきを受けて、私たちは死と滅びに至るのです。でも、神様はその罪ある私たちをあわれんで下さいました。私たちが良い人になったからではなく、ご自分のひとり子り、罪の全くない主イエス・キリストが私たちの代わりに十字架にかかって死なれたからです。そのようにして、主は本当は私たちが受けるはずの神様からのさばきを、ご自分が代わって受けて下さいました。その身代わりの死(贖い)のゆえに、彼を救い主と信じる人を、神様は罪人としてではなく、義人(正しい)と認めて下さるのです。それだけではありません。十字架の死後、三日目に主がよみがえられた、その復活のいのちをもって、ご自分を信じる者にも永遠のいのちを約束して下さっているのです。そのことは、私たち人間の常識からすると、愚かなこと、到底、理解のできないことのように思えることでしょう。でも、神様は、ご自分の霊(聖霊)をもって、私たちの心に働きかけて下さることで、神様のあわれみをそのまま「あわれみ」として、また「恵み」(相手がそれを受けるにふさわしくないのに与えること)として受けられるようにして下さいました。この恵みは、今日もすべての人に向けられています。今日のメッセージはこちら→クロスウェイ教会